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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)13号 判決 1973年5月11日

原告 三原実

右訴訟代理人弁護士 工藤精二

被告 安藤保夫

被告 清水淑郎

主文

一  被告清水淑郎は原告に対し三八万七、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年一月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告の被告清水淑郎に対するその余の請求および被告安藤保夫に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告と被告安藤保夫との間においては全部原告の負担とし、原告と被告清水淑郎との間においては原告について生じた費用および被告清水淑郎について生じた費用を通じて五分し、その四を原告、その一を被告清水の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告等は各自原告に対し一一〇万五、〇〇五円およびこれに対する昭和四六年一月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告等

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決(但し、訴訟費用の裁判の申立は被告清水淑郎のみ)。

第二主張

一  原告(請求原因)

(一)  原告は昭和四四年七月二〇日訴外久保久弥から同人所有の千葉県夷隅郡大多喜町板谷字北へ込五九六番の二山林二反九畝一五歩(以下「本件土地」という。)を代金三〇万円で買受ける旨の売買契約を締結し、同年八月六日久保に代金三〇万円を支払い、久保から所有権移転登記手続に必要な本件土地の登記済権利証、久保の印鑑証明書、委任状等を受取った。

(二)  そこで、原告は昭和四四年一〇月三〇日、訴外あかつき産業株式会社代表取締役本間正次を介して同社の従業員であった被告安藤保夫に対し、原告名義に本件土地の所有権移転登記手続をなすべきことを委託し、前記登記済権利証、印鑑証明書、委任状ならびに原告の委任状、印および手続費用五、〇〇〇円を交付した。その際、原告は被告安藤に対し、同被告が多用の場合は同被告の知人に前記登記手続をしてもらってよいと申出た。

(三)  被告安藤は昭和四四年一〇月三一日被告清水淑郎に対し、本件土地の所有権移転登記手続の件を複委託し、前記書類等を被告清水に交付した。

(四)  しかるに、被告清水は昭和四四年一一月四日、本件土地につき千葉地方法務局大多喜出張所同日受付第一六〇九号をもって久保と被告清水間の売買契約を原因とする所有権移転登記を経由してしまった。

(五)  そこで、原告は弁護士工藤精二(本件原告訴訟代理人)に委任し、昭和四四年一一月二六日千葉地方裁判所一宮支部に対し被告清水を相手どって、本件土地の処分禁止仮処分決定を申請し(同裁判所昭和四四年(ヨ)第三四号事件。以下「仮処分事件」という。)、その旨の決定を得、更に同年一二月一五日同裁判所に対し被告清水を相手どって、本件土地の所有権確認および被告清水名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起し(同裁判所昭和四四年(ワ)第五九号事件。以下「訴訟事件」という。)二回の口頭弁論期日において審理がなされ、昭和四五年三月一三日原告勝訴の判決の言渡があった(但し、原告の申立により判決主文の誤謬を訂正する更正決定が同年同月三日になされた。)。右判決は同年四月六日更正決定は同月一一日それぞれ確定した。

(六)  原告は右判決に基づき被告清水の登記名義の抹消を得、あらためて久保久弥から所有権移転登記手続をしてもらうことを省略し、昭和四五年六月二九日、同日付売買を原因とする被告清水から原告に対する所有権移転登記を完了したが、原告は被告等の債務不履行によりやむなく前記仮処分申請および訴提起等の措置をとり、これに伴って別紙事件関係損害明細表(以下「別表」という。)記載のような合計四万八、〇〇五円の金額相当の損害を蒙った。

(七)  更に、原告は昭和四四年一〇月一〇日訴外佐藤覚との間で、本件土地を代金一二〇万七、〇〇〇円とし、契約当日手附金二〇万七、〇〇〇円を支払い、残金は後記所有権移転登記手続と同時に支払うこととし、同年一一月一五日までに抵当権等なんらの負担、瑕疵のない状態で所有権移転登記手続をする約定で売渡す旨の売買契約を締結し、即日手附金二〇万七、〇〇〇円を受領した。ところが、被告等の前記行為により原告の佐藤に対する売買契約の履行が不能となったため、昭和四四年一二月七日売買契約が解除され、原告は佐藤に対し、前記手附金を返還し、あわせて違約金一〇万円を支払い、また訴外鈴木昭二に対して支払った売買の仲介手数料五万円を無意味にさせられるという損害を蒙った。また、原告は、被告等の債務不履行がなかったならば佐藤に対し契約を履行することによって残代金一〇〇万円の支払を受け、本件土地の買受代金三〇万円との差益七〇万円を取得することができたが、右得べかりし利益を失う損害を蒙った。叙上の損害合計一〇五万七、〇〇〇円は被告等の予見しうべかりし事情によって生じたものである。

(八)  よって原告は被告等各自に対し、右(六)および(七)記載の損害合計一一〇万五、〇〇五円の賠償およびこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和四六年一月二九日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告安藤(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因第一項の事実は不知。

(二)  同第二項の事実中被告安藤があかつき産業株式会社の従業員であったこと、本間正次が同社の代表取締役であること、被告安藤が本間から本件土地の登記済権利証、印鑑証明書、委任状(但し、一通)、原告の印、手続費用(金額の点を除く。)の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告安藤は昭和四四年一〇月三一日本間から前記書類等および原告の住民票の写を千葉県夷隅郡大多喜町の司法書士事務所まで届けるよう依頼されたが、これを断ったところ、本間が西千葉駅で会う約束になっている被告清水に前記書類等を渡すだけでよいというので、これを引受けたにすぎず、本間を介し原告からその主張のような委託を受けたことはない。

(三)  同第三項の事実中原告主張の日に被告安藤が被告清水に対し本件土地の登記済権利証、印鑑証明書、委任状(但し、一通)、原告の印、手続費用(金額の点を除く。)を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、被告安藤は被告清水に対し原告の住民票の写も交付した。

(四)  同第四項の事実は認める。

(五)  同第五項の事実は認める。

(六)  同第六項の事実中被告に債務不履行があったとの点および損害の点は争うが、その余の事実は認める。

(七)  同第七、第八項は争う。

三  被告清水(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因第一項の事実は不知。

(二)  同第二項の事実は不知。

(三)  同第三項の事実は否認する。

(四)  同第四項の事実は認める。

(五)  同第五項の事実は認める。

(六)  同第六項の事実中被告清水に債務不履行があったとの点および損害の点は争うが、その余の事実は認める。被告清水は本間に対する三〇万円の債権の弁済のため本件土地の提供を受け、本件土地の登記済権利証等の交付を受けたので、自己名義に所有権移転登記を経由したが、その後本間から登記名義の返還を請求されたので、昭和四四年一二月二八日本間に対し本件土地の登記済権利証および被告清水の印鑑証明書、委任状(委任事項、受任者欄白地のもの)を交付し、原告に手交するよう依頼し、その頃原告は右書類を本間から交付された。原告はこれを使用して被告清水から原告に対する所有権移転登記をすることができたのであるから、原告主張の損害は原告自ら発生を避止することができたものである。

(七)  同第七項の事実は争う。原告が本件土地を三〇万円で買受けたとすれば、日ならずしてこれを代金一二〇万七、〇〇〇円で佐藤に売却したということは疑わしい。本件土地の所在からして当時一二〇万余円の価格はなかった。

(八)  同第八項は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  (原告と久保文弥間の売買)

≪証拠省略≫によれば、本件土地はもと訴外久保久弥の所有であったが、原告は昭和四四年七月二〇日久保から本件土地を代金三〇万円で買受ける旨の売買契約を締結し、同年八月六日久保に代金を支払い、久保から所有権移転登記手続に必要な本件土地の登記済権利証、久保の印鑑証明書、白紙委任状(受任者、委任事項とも白地)を受取ったことを認めることができる。

≪証拠省略≫によれば、本件土地の売買代金領収証には、宛名として「三原物産(株)」および「三原実」なる名称が併記されていることが認められ、本件土地の買主がなんぴとであるか紛らわしいが、右記載部分を理由にして本件土地の買主が原告である旨の右認定を左右することはできない。≪証拠判断省略≫

二  (登記手続の委任)

≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

原告は昭和四四年一〇月三〇日、不動産売買の仲介を業とする訴外あかつき産業株式会社の代表取締役本間正次に対し、原告名義をもって本件土地の所有権移転登記手続をなすべきことを委託し、前記登記済権利証、久保久弥の印鑑証明書、白地委任状ならびに原告の印、登記手続費用五、〇〇〇円を交付した。そこで、本間は、かねて取引上の債務を決済すべく翌三一日午後七時西千葉駅前喫茶店で待合わせる約束を交わしていた被告清水に対し、右登記手続の件を複委任する一方、あかつき産業株式会社の従業員であった被告安藤に対し、前記書類、印および金員を交付し、これを前記日時場所において被告清水に手交するよう依頼した。被告安藤は昭和四四年一〇月三一日午後七時頃西千葉駅前喫茶店において被告清水と出会い、同被告に対し本件土地の登記済権利証、久保の印鑑証明書、白紙委任状、登記手続費用五、〇〇〇円を手交した。その際、被告清水は被告安藤をして、その持参した原告の印を被告清水の用意してきた白紙の委任状用紙に押捺させ、且つ右印を預って、原告名義に所有権移転登記手続をする意向の程を示した。

≪証拠判断省略≫

原告は、本間正次を介し被告安藤に対し原告名義の所有権移転登記手続をなすべきことを委託したと主張し、≪証拠省略≫には、いずれも、「三原実名義に所有権移転登記手続の為私が預り所有権移転手続の為千葉法務局大多喜出張所に本年一〇月三一日赴きましたが云々」と、被告安藤が委託を受けたものと認めるような記載があるが、≪証拠省略≫によれば、右≪証拠省略≫は、原告が後記四、(一)の仮処分申請をなす際、疏明資料とするため、代理人たる弁護士工藤精二が本文を作成し、原告が被告安藤に対し緊急に財産を保全するため必要であるとして署名押印を求めたもので、被告安藤は仔細に内容を検討することなく署名押印をしたものであることが認められるから、当該記載をもって原告の前記主張を肯認する資料となし難い。≪証拠判断省略≫。かえって、被告安藤は本間から、所有権移転登記手続に必要な書類等を被告清水に手交することを依頼され、これを果した立場にあったにすぎないこと前認定のとおりである。

従って、原告が被告安藤に対し所有権移転登記手続の委任をしたことを前提とする原告の同被告に対する請求は、その余の点について審究するまでもなく理由がない。

三  (被告清水の債務不履行)

≪証拠省略≫によれば、被告清水は、あかつき産業株式会社との間で土地売買に関し約三〇万円の債権を有しており、右債務を決済するため本間が被告安藤に前記登記手続関係書類等とともに託した現金および小切手を被告安藤から前記日時に受領したが、右小切手が不渡になることを懸念し、あかつき産業株式会社に対する債権を確保するには本件土地につき自己名義で登記を経由してしまうことが捷径であるとし、本件土地が原告の所有であることを知悉しながら、本件土地の登記済権利証、久保の印鑑証明書、白紙委任状を用い、昭和四四年一一月四日本件土地につき千葉地方法務局大多喜出張所同日受付第一六〇九号をもって久保と被告清水間の同日付売買を原因とする所有移転登記を了したことを認めることができ(右登記の事実は当事者間に争いがない。)(る。)≪証拠判断省略≫

そして、≪証拠省略≫によれば、原告は被告安藤に対し同被告の知合の者に所有権移転登記手続を頼んでもよいと言明したことが認められるから、本間正次に対しても同人が所有権移転登記手続の件を第三者に複委任することを許諾したものと推認される。そうとすれば、被告清水は原告の許諾のもとに本間から右登記手続の複委任を受けた関係に立ち、従って善良な管理者の注意をもって本件土地につき原告名義の所有権移転登記手続をする事務処理義務を直接原告に対して負担したものとすべきである。しかるに、被告清水はあかつき産業株式会社に対する自己の債権を確保する手段として本件土地を自己の所有名義に変えてしまったのであるから、原告に対し債務不履行の責を免れない。

四  (損害)

そこで、原告主張の損害について判断する。

(一)  原告が工藤弁護士(本件原告訴訟代理人)に委任し、昭和四四年一一月二六日千葉地方裁判所一宮支部に対し被告清水を相手どって、本件土地の処分禁止仮処分決定を申請し(同裁判所昭和四四年(ヨ)第三四号事件)、その旨の決定を得、更に同年一二月一五日同裁判所に対し被告清水を相手どって、本件土地の所有権確認および被告清水名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起し(同裁判所昭和四四年(ワ)第五九号事件)、二回の口頭弁論期日において審理がなされ、昭和四五年三月一三日原告勝訴の判決の言渡があったこと(但し、原告の申立により判決主文の誤謬を訂正する更正決定が同年四月三日になされた。)、右判決は同年四月六日、更正決定は同月一一日それぞれ確定したことは当事者間に争いがない。

(二)  そして、≪証拠省略≫によれば、原告が仮処分事件および訴訟事件に関し、別表一の弁護士に対する日当、旅費を支払ったこと、別表二の1の(1)(2)、2の(1)(2)(但し、(2)は一、四〇〇円の限度で認められる。)3の(1)(3)(4)(6)、4の(1)(実際は三〇円の印紙を貼用した。)、(2)(3)の印紙代、登録免許税を支出したこと、5の土地所有権移転登記(後記(五)の登記)のため登録免許税一、四〇〇円を支出したこと、原告が別表二の3の(2)(5)の申請をしたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかし、別表二の1の(3)(4)、4の(4)については、当裁判所の措信しない原告本人の供述(第一回)を除き、これを認めるに足る証拠はなく、前認定の別表二の3の(2)(5)の申請については印紙を貼用した形跡がない。また、別表二の5の登記手続費用として原告が前認定の一、四〇〇円を超える金額を支出したとの点については、当裁判所の措信しない原告本人の供述(第一回)を除き、これを認めるに足る証拠はない。

そして、証拠上肯認しうる原告の金員支出中別表一の(1)は仮処分事件の遂行、(6)は同事件の終末処理、(2)ないし(4)は訴訟事件における訴訟の提起、追行に関するもの、別表二の1の(1)(2)は仮処分申請に貼用した印紙代、仮処分記入登記の登録免許税、4の(1)ないし(3)は仮処分事件の終末処理に要する印紙代、登録免許税、2の(1)は訴状に貼用した印紙代であり、いずれも被告清水の債務不履行によって生じた損害であると認められる。

(三)  次に、別表一の(5)、別表二の2の(2)、3の(1)(3)(4)(6)も被告清水の債務不履行との間に相当因果関係を有する損害と認められるかどうかを検討する。

≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

原告は被告清水が本件土地につき同被告名義で所有権移転登記を経由したことをその後間もなくして知り、本間正次に対し被告清水から登記名義の返還を受けるため折衝するよう談じ込んだ。本間は、被告清水の行為が同被告に対するあかつき産業株式会社の債務関係に端を発するものであり、その弁済のため交付した小切手も不渡となって、被告清水を硬化させていたことから、被告清水に対し再三に亘り残債務を決済するから原告に登記名義を返還するよう要請し、結局、昭和四四年一二月二八日被告清水に残債務を弁済し、これと引換に同被告から本件土地の登記済権利証、同被告の印鑑証明書、白紙委任状、同被告の所持していた原告の印の交付を受けた。そこで、本間は翌二九日原告に対し、右書類、印を受領するよう申出たところ、原告はすでに工藤弁護士に委任して訴訟を追行しているので、自分が直接受領するわけにはいかないといって受領を拒否した。その後、本間は工藤弁護士の事務所に宛てて右書類、印を郵送し、右はおそくとも昭和四五年二月上旬一杯までに工藤弁護士の許に到達した(その頃原告自身工藤弁護士事務所において右書類、印をみている。)。その後、原告から同月一〇日付はがきで被告清水に対し、前記印鑑証明書の有効期限が切れたので至急新らたな印鑑証明書を送付すべき旨の要請があったので、被告清水は同月一五日、原告に宛てて昭和四四年一二月二二日発行の印鑑証明書を郵送した。

このように認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によれば、原告は、おそくとも昭和四五年二月中には、被告清水名義の所有権移転登記の抹消登記手続をすることができたものと認めることができる(被告清水の印鑑証明書((大証第一二三号))、白紙委任状が書類として不備であったことを認めうる証拠はない。

しかし、原告が提起した訴訟は被告清水名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求める外に本件土地の所有権の確認をも求めるものであったことは前記のとおりであり、訴の目的は登記の抹消のみならず所有権の帰属に関する紛争を確認判決によって抜本的に解決するところにあったものと認められる。なるほど、≪証拠省略≫によれば、前記訴訟事件は昭和四五年一月二六日、同年二月二七日の二回の口頭弁論期日が開かれ、二月二七日の第二回口頭弁論期日において弁論終結となったが、被告清水は右各期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかったため、同年三月一三日いわゆる欠席判決により原告勝訴の判決の言渡がなされたという経過を辿ったことが認められるから、原告が訴を取下げて訴訟を完結させるにつき被告清水の同意を得るという手数をかける必要がなかったことは明らかである。しかし、原告が被告清水から取得した前記登記済権利証等の書類を用いて同被告名義の所有権移転登記の抹消登記手続をすることができたからといって、本件土地所有権の確認を求める必要が消滅したとは断定できず、その限度で原告は依然として訴訟を維持し、判決を求める意義を有していたものとみなければならない。そして、訴訟が訴の取下によって完結したときは原則として原告であった者が訴訟費用の全部を負担するのが相当であるとの解釈が確立していることをあわせ考えると、本件の場合、原告が昭和四五年二月末被告清水から取得した前記登記済権利証等の書類を用いて同被告名義の所有権移転登記手続の抹消登記手続をすることができるに至った時点以後において訴の取下をすることなく訴訟を維持したことをもって、紛争解決のため社会観念上相当と認められる範囲をこえる手段をとったものと考えることは相当でない。

叙上の見地からみると、前記訴訟を維持することによって昭和四五年二月末日以降原告が支出した費用である別表一の(5)、別表二の3の(1)(3)(4)(6)も被告の債務不履行と相当因果関係を有する損害と認めるべきである。別表二の2の(2)の予納郵便切手(一四〇〇円)も、昭和四五年二月末日までに使用された分はもとより、その後に使用された分も、その支出は全部同様の損害と認めるべきである。

ところで、本件のように委任者名義の所有権移転登記手続をなすべきことを委託された受任者が、委託の趣旨に反し、自己名義の登記をしてしまったため、委任者が、右登記の抹消登記手続を請求する等訴訟の提起を余儀なくされた場合には、その訴訟によって生じた費用の賠償を債務不履行を理由にしてあらためて相手方に対し請求することができるが、当該費用のうち民事訴訟費用法(本件は現行の民事訴訟費用等に関する法律施行前にかかる案件であるから、従前の例によるべく、従って旧民事訴訟費用法((以下「費用法」という。))および旧訴訟費用臨時措置法((以下「臨時措置法」という。))に則って判断すべきである。)の認める範囲内の費用は、前訴訟の判決で訴訟費用は相手方の負担とする旨定められ、訴訟費用額確定決定を得る方法で権利行使をなしうる限り、損害賠償請求の目的から除外すべく、費用法上の訴訟費用とならないものに限って請求することを許されるものと解するのが相当である。≪証拠省略≫によれば、前記訴訟の判決において訴訟費用は被告清水の負担とする旨定められたことが認められるから、本件についても上述の原則に従って判断されるべきである。また、判決の執行費用は民事訴訟法第五五四条により、仮処分の執行費用は同条の準用により、いずれも裁判の正本に基づいて取立てることができ、必要に応じて訴訟費用額確定決定に準ずる費用確定決定を得て権利行使をなしうるのであるから、これまた当該費用を損害賠償として請求することは許されないとすべきである。もっとも、後述の日当のごとく費用法自体が一定限度額以内で裁判所の意見を以て定める所に依る旨規定している種類の費用については、費用額確定決定によってはじめて具体的金額が定まる建前であるから、損害賠償請求で求めている損害額のうちどれだけが費用法にいう訴訟費用に該当し、どれだけが損害賠償の目的となりうるかが判明しない場合を生ずる。このような種類の費用については、その全額を損害賠償として請求することを認め、費用額確定手続においてはこれを確定の対象となる訴訟費用の埓外におくべきものとするのが理に適うであろう。そうしないと、損害賠償請求訴訟において損害として請求できないとされるとともに、費用額確定決定においても訴訟費用として計上されないでおかれてしまう金額部分の生ずる可能性があって、権利者の保護を逸するおそれがあるからである(たとえば、日当二、〇〇〇円の損害賠償請求訴訟で、限定額一、〇〇〇円をこえる爾余の一、〇〇〇円のみが損害として肯認されたが、費用額確定決定においては限度額内の八〇〇円を相当日当額と定めた場合、右八〇〇円と限度額一、〇〇〇円との差額二〇〇円について上記のような問題を生ずる。)。叙上の観点から、本件において原告の支出した前認定の費用の損害賠償請求の許否を検討しなければならない。

(イ)  別表一の日当について。

訴訟代理人が期日に出頭するため、あるいは事件につき出頭するための費用(日当、旅費)は、当事者本人の出頭に要する費用の限度においてのみ訴訟費用になるものと解すべく、費用法第九条、臨時措置法第三条によると、当事者の日当は出頭一度に付き千円以内において裁判所の意見をもって定める所に依るのである。このような種類の費用については全額を損害賠償として請求しうること前説示のとおりである。従って、別表一の(2)ないし(5)の日当の損害賠償請求は許される。

別表一の(1)の日当は、裁判所が仮処分命令を発し、これを送達するに至るまでの該手続に要する費用に属するから、本案の訴訟費用の中に含まれる。しかし、右日当も前同様の理由により全額損害賠償請求の目的となしうる。

別表一の(6)の日当は、仮処分執行の整理に関するものであって、執行費用に属するものとみるべきであり、且つ請求しうる額は執行費用額確定決定によって定めるべきものである。ただ、この場合においても、具体的金額が裁判所の意見をもって定める所に依るのであるから、全額を損害賠償として請求しうること前述と理を異にしない。

(ロ)  別表一の旅費について。

費用法第一三条、臨時措置法第三条によれば、当事者の旅費についても裁判所の裁定が働くが、本件で認定した五、五二〇円が費用法にいう旅費として計上されるべきことはほとんど疑を容れる余地がないから、この損害賠償請求は許されない。

(ハ)  別表二の印紙等について。

別表二の1の(1)は、先に別表一の(1)について述べたと同様の理由で本案の訴訟費用に含まれ、同(2)は仮処分の執行費用に属し、同2の(1)(2)(但し、一、四〇〇円の限度)3の(4)はそれぞれ訴訟費用に該当する。

別表二の3の(1)(3)(6)はいずれも前訴訟の判決の執行の準備に関する費用であって執行費用に属する。即ち、前訴訟の判決は確認判決部分と登記手続を命ずる給付判決部分から成っており、前者については執行の余地なく、後者も狭義の執行を要せず、法律上当該判決の確定をもって登記申請の意思表示をしたものとみなされるのであるが(民法第四一四条第二項但書、民事訴訟法第七三六条)、意思表示が擬制される結果として、判決に基づく登記がなされ、これにより判決内容が実現するという過程に連結しており、この過程を広義の執行と観念することができるのである。そうすると、別表二の3の(1)(3)(6)はそれぞれ当該過程の一齣として働らき、登記の実現を準備する役割を果たす費用であって、これを執行費用とみることができるであろう。

別表二の4の(1)ないし(3)は、それぞれ仮処分執行の整理に関する費用であって、執行費用に属する。

以上に述べた別表二の諸費用は、費用額確定決定において訴訟費用あるいは執行費用として計上されるべき費用であり、原告はこれにより償還を求めうるものであるから、損害賠償として請求することは許されない。

(五)  次に、前認定の別表二の5の所有権移転登記の登録免許税一、四〇〇円がはたして損害といえるかを検討する。

≪証拠省略≫によれば、原告は前記訴訟で勝訴の判決を得、更正決定により判決主文の誤謬の訂正を得ることにより被告清水名義の所有権移転登記の抹消登記手続を行うことができたにもかかわらず、これをせず、昭和四五年六月二九日、先に被告清水から取得した本件土地の登記済権利証、被告清水の白紙委任状および新らたに同被告から交付を受けた印鑑証明書を用い、被告清水とともに司法書士に委任して、同日付売買を原因とする被告清水から原告に対する所有権移転登記を完了したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない(原告が昭和四五年六月二九日、被告清水との間の同日付売買を原因とする所有権移転登記を了したことは当事者間に争いがない。)右登記手続は、原告が前記判決に基づいて被告清水名義の所有権移転登記の抹消を得、あらためて久保久弥から原告に対する所有権移転登記手続をすることを省略したものと推認される。そして、弁論の全趣旨によれば、別表二の5の所有権移転登記の登録免許税一、四〇〇円は右所有権移転登記手続について納付したものと認められる。

しかし、被告清水が原告の委託の趣旨に従い久保久弥から原告に対する所有権移転登記手続を履践したとした場合においても、原告は右登記に関し登録免許税を納付しなければならないのであるから、原告の前記登録免許税一、四〇〇円の納付は、元来免れえない出捐を、遅れた時期に、且つ出捐原因を若干異にしてなしたまでのこととみるべくこれをもって被告清水の債務不履行に基づく損害とすることはできない。

(六)  以上の次第で、別表一、二を通じ原告が被告清水の債務不履行に基づく損害賠償として請求しうるのは、別表一の(1)ないし(6)のうちの日当合計三万円のみである。

(七)  次に、本件土地の転売に帰因する損害の主張について判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、原告が昭和四四年一〇月一〇日佐藤覚との間で、本件土地を手付金二〇万七、〇〇〇円とし、これを残代金授受のとき売買代金の一部に充当するものとし、昭和四四年一一月一五日までに引渡を了し、且つ所有権移転登記手続をすること、売主の義務不履行に基づき契約が解除されたときは損害金を支払う約で売渡す旨の売買契約を締結したこと、売買契約書には代金一二〇万七、〇〇〇円(坪当り一、三五〇円)と記載されていること、ところが、被告清水が本件土地につき所有権移転登記を経由したため、原告が約定の期日までに佐藤に対する所有権移転登記手続をすることができず、このため原告は昭和四四年一二月七日佐藤に対し売買の解約を申入れて佐藤の承諾を得たことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、原告と佐藤との間の売買契約が締結された昭和四四年一〇月一〇日は原告が久保久弥から本件土地を買受けた時から三ヶ月を経過していないのに、原告と佐藤との間の売買契約書の代金額一二〇万七、〇〇〇円は原告が久保から本件土地を買受けた代金三〇万円の四倍強に該当する。このことは、原告の買受代金が売主久保の側に由来する事由等により通常の取引金額を大きく下廻り原告としてきわめて廉い買物をしたとか、あるいは原告の買受時から三ヶ月弱の期間内において本件土地の価額を形成する要因が上昇的に変更して原告の買受代金の四倍前後にまで達した等の事情がない限り、たやすく諒解できないところである。前者の事情に関し、原告本人(第一回)は、久保が昭和四四年七月当時失業中で新らしい仕事の資金とするため本件土地を原告に売却した旨供述するが、たとえ事実がそうであるとしても、久保が三ヶ月弱後に一二〇万七、〇〇〇円で売却しうる物件を四分の一の廉価で売却しなければならない程度に窮迫していたかどうかについて今一歩踏込んだ立証を欠いている。一方、後者の事情に関し、原告の本件土地買受後その価額を四倍前後にまで上昇させる要因の変動があったことも証拠上明瞭でない。のみならず、≪証拠省略≫によれば、原告は久保から本件土地を買受けた時も、佐藤に本件土地を売却したときも本件土地の現地を見なかったし、佐藤も現地を見ずに売買契約を締結したものであることが認められ、これによれば、原告と佐藤が各自いかなる具体的な評価のもとに前記契約書記載の代金額を協定するに至ったのか不明確である。更に、売買契約書上坪当り一、三五〇円の記載があるが、これに公簿面積を乗じた金額が一二〇万七、〇〇〇円と一致しないことも看過できないところである。以上によると、売買契約書の代金額の記載およびこれに添う≪証拠省略≫のみに依拠して、原告と佐藤との間の売買契約の代金が一二〇万七、〇〇〇円と約定された旨認定することは躊躇されるのであり、他に右売買代金額を認定するに足る確適な証拠は見出せない。

従って、原告と佐藤間の売買代金額が一二〇万七、〇〇〇円であることを前提として買受代金との差額をもって逸失利益であるとする原告の主張は採用することができない。

2  しかし、≪証拠省略≫によれば、原告は本件土地の売買契約に基づき佐藤から手付金二〇万七、〇〇〇円を受取っていたが、前記合意解約の際これを佐藤に返還し、あわせて違約損害金の減額をしてもらって一〇万円を佐藤に支払ったこと、また原告は昭和四四年一二月七日訴外鈴木昭二に対し売買仲介手数料五万円を支払ったことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫(原告と佐藤間の売買代金が原告主張の金額であることの心証を惹く証拠がないこと前述のとおりであるが、他面本件証拠関係のもとにおいて、手付金二〇万七、〇〇〇円の授受とその返還、違約損害金、売買仲介手数料の支払の事実は相当の確からしさを有するものとして肯認できる。)。そして、≪証拠省略≫によれば、当時被告清水は大多喜町周辺の山林等の売買仲介の仕事に携わり、右土地取引の実情は知悉していたことが認められ、且つ近時不動産の売買において約定の一として違約損害金の定めを伴うこと、また、その成約に当り不動産仲介業者の関与することの少くないことをあわせ考えると、原告が本件土地を他に売却すること、右売買が被告清水の行為に帰因して解約となり原告が買主に売買代金の一部として取得すべき手付金を返還したり、違約損害金を徴されること、原告が売買仲介手数料を支払うこと等はすべて被告清水の予見すべかりし事情であったと認めることができる。されば、被告清水は原告に対し、右事情によって生じた前記金額合計三五万七、〇〇〇円相当の損害を賠償すべき義務がある。

五  (結論)

以上説明したところによれば、原告の本訴請求は、被告清水に対し前記四(六)の日当合計三万円、同(七)の手付金、違約損害金、売買仲介手数料合計三五万七、〇〇〇円を合算した三八万七、〇〇〇円相当の損害賠償およびこれに対する本件訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和四六年一月二九日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく、被告清水に対するその余の請求および被告安藤に対する請求は失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

<以下省略>

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